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5.眠りの深さと生理機能の変化
1)呼吸循環器系:図7は終夜睡眠中の血圧,呼吸,脈拍の変動を示したものである.血圧は横になると低下するが,睡眠後半では徐々に上昇し,明け方覚醒とともに上昇する.レム睡眠期では突然10mmHg程度上昇したり,低下したりする.これは"自律神経系の嵐"とも呼ばれ,レムの睡眠中にしばしば起こる"乱れ現象"の1つである.このような乱れ現象は脈拍にもみられ,レム睡眠に入るたびに脈拍数が急上昇しているのが分かる.この急上昇はその前後のノンレム睡眠での脈拍数に対して,およそ10%の増加に相当する.もともと循環器系の障害をもつ人にとっては,この急変動はかなり危険なものである.実際,狭心症の発作は早朝におこりやすく,その80%がレム睡眠で起こっているという報告もある.狭心症は激しい痛みを伴うため,不眠症の原因ともなる.
呼吸もレム睡眠に入るとリズムが不規則になり,時には数秒間呼吸が止まったようになることがある.平均するとノンレム睡眠での呼吸数より10〜20%の増加がみられる.
ところで,いびきは深い眠りで起こると考えられているが,実際は浅いノンレム睡眠でもおこる.いびきが起こるメカニズムは,眠ると舌根が後退し,咽頭筋の緊張が低下して上気道が狭くなるためである.空気の通路を1ヶ所だけ狭くしておくと,狭くなった分,通路を通る空気圧は高くなる.通過した空気は一気に広い空間に拡散するので乱流が発生する.これがいびきを作る乱流である.上気道が狭くなるほど,高い空気圧が必要であり,通過後の乱流も強くなる.やがて気道が閉じてしまうといびきは止まる.これが閉塞型無呼吸である.無呼吸状態が数秒〜数十秒間続くと,睡眠は浅くなるか覚醒の方向へと変化する.覚醒水準が上がると,咽頭筋などの緊張がもどり上気道に隙間が出来る.そこで大きな溜息のような音をたてて,呼吸が再開する.閉塞型睡眠時無呼吸症候群の患者が,深く眠ると上気道が塞がってしまうので,どうしても睡眠は中断されることになり,不眠症をおこしやすい.睡眠中の無呼吸は,末梢性(閉塞型)のものばかりでなく,中枢性のものもある.閉塞型では,胸や腹部の呼吸運動は続いているのに息が詰まって呼吸が出来ない状態が続く.一方,中枢型の無呼吸は呼吸運動そのものが完全に止まってしまう.このような症状を示す人も,覚醒中にはほとんど呼吸障害は見られない.睡眠中に限って発生する呼吸障害である.中枢型の場合も無呼吸状態が数秒間続くと,眠りが浅くなるか覚醒する.これによって呼吸が再開する.このタイプの人はいびきをかかないが,呼吸が再開するときに大きな溜息をつく.閉塞型無呼吸の場合,持続10秒間以上の無呼吸状態が,1時間あたり5回以上出現し,無呼吸に伴う頻回の覚醒反応や動脈血酸素飽和度の低下あるいは日中の過眠が見られたときには,睡眠時無呼吸症候群と診断される.閉塞型無呼吸の場合,睡眠の中断や浅眠化がおこりやすい.このため夜間の不眠を訴える人も多いが,逆に昼間に居眠りを繰り返す過眠を訴える人も多い.臨床的には過眠を訴えることが閉塞型無呼吸の場合多く,中枢型無呼吸の場合不眠を訴えることが多いといわれている.



図7. 終夜睡眠記録における血圧,呼吸,脈拍の変動

[Snyder, F., Hobson, J.A., Morrison, D.F., & Goldfrank, F., 1964, Changes in respiration heart rate and systolic blood pressure in human sleep. Journal Applied Physiology 19: 417-422 ]

2)皮膚温と体温:手足の皮膚温は入眠期で上昇する.入眠期に末梢血管が拡張するためである.乳幼児では特に顕著で,眠くなってくると1.5℃くらい上昇する.一方,睡眠中前額部の皮膚温は身体の表面で一番低い.「頭寒足熱」は生理学的にも適正な温度分布といえる.舌下温や直腸温等の深部体温は概日リズム機構の調節を受け夕方の3〜4時に最高体温,早朝の3〜4時に最低体温となるようにセットされており,睡眠による影響はほとんど受けない.むしろ,逆に低体温期には入眠しやすく,高体温期では午後2時の眠気(post lunch dip)を例外として,入眠しにくい.[註2]

3)発汗:覚醒中は手掌,足底などの精神性発汗が活発であるが,入眠後は胸や手背などの温熱性発汗が活発になる.これらの部位の発汗は,覚醒中は熱放散の働きをするが,睡眠中は大脳皮質からの抑制が解けるためにおこる.このため徐波睡眠(SWS)で特に多くみられ,レム睡眠では著しく減少する.成人では入眠後の3時間ほどに集中してみられるが,徐波睡眠の多い乳幼児ではもっと広範な時間帯で出現する.横向きに寝たときは半側発汗といって下になった側の発汗は抑えられ、上側の発汗が増える.仰向けに寝たときは上半身が抑制され、下半身の発汗が盛んになる.これは背中の肩甲骨が圧迫されるので、上半身に圧反射による抑制がかかるためである.

4)消化器:胃腸の運動や胃液の分泌は睡眠中に減少する.空腹は睡眠を妨害する方向で作用する.だからといって就床間際に消化の良くない食物をたくさん食べたりすることは好ましくない.20分程度の短い昼寝の場合はほとんど問題とならないが,夜間の主睡眠では夕食を適切なタイミングで適量とるということが大原則である.どうしても夜食をとるのであれば,デンプン質など炭水化物や牛乳などの蛋白質が良い.脂肪や糖分の多い食品は好ましくない.ところで十二指腸潰瘍の患者では,レム睡眠時に胃液分泌が亢進し,胃痛を訴えることがある.レム睡眠はここでも障害をもつ人々にとって,やっかいな問題を引きおこしている.

5)陰茎勃起:レム睡眠に同期して勃起がみられる.幼児から高齢者に至たるまで幅広く認められる.勃起はレム睡眠の開始に平均2.5分先行して始まり,レム睡眠の終了約40秒前から萎縮が始まる.朝方はレム睡眠が多いため,レム睡眠から覚醒する機会も多い.このような時は血液輸送が間に合わないので勃起状態で目覚めることになる.俗に「朝立ち」という現象はこのことをさしており,ごく自然な生理現象である.女性にも類似の現象がみられ,レム睡眠で陰核が勃起することが分かっている.いずれも夢内容とは無関係におこる自律神経機能の変化であるが,勃起能力や射精能力を正常に発達させ,維持するのに重要であるとされている.神経系や血管系あるいは勃起組織に器質性障害があると,レム睡眠での勃起はおこらない.このことを利用して器質性インポテンスと機能性インポテンスを鑑別することが出来る.

6)内分泌系:成長ホルモン(GH)は徐波睡眠の開始に同期して分泌が高まる(図8).このホルモンは子どもの成長に必要なホルモンであるから「寝る子は育つ」という言葉は理にかなっていると言えそうである.しかし,このホルモン分泌は成長の止まった成人や老人にも見られ,必ずしも成長促進だけに関与しているわけではない.このホルモンは蛋白質や核酸の合成を促進する作用があり,体の修復と疲労回復に重要な役割を果たしている.



図8. 睡眠中の成長ホルモンの分泌

高橋康郎,高橋清久 1979 「睡眠覚醒サイクルと内分泌機能」 伊藤正男他編
「脳の統御機能1−生体リズム」 P117-144,医歯薬出版

脳下垂体から分泌された性腺刺激ホルモンのうち黄体形成ホルモン(LH)は,男女とも第2次性徴期になると,睡眠中に分泌が高まる.このホルモンは女性の場合は,卵胞から排卵をおこさせて黄体を形成させる働きをもっているが,男性の場合は睾丸に作用して男性ホルモンであるテストステロン(T)の分泌を促進する.テストステロンの血中濃度も睡眠中に増加し,思春期の男子に顕著にみとめられる.睡眠中に多量に分泌される性腺刺激ホルモンと性ホルモンによって,第2次性徴が促進される.性成熟が完了した成人では,昼夜の分泌量の差はほとんどなくなり,一定水準の分泌が維持されるようになる.眠ることは性成熟にとって極めて重要である.

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