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6.睡眠の発達
 図9はヒトの24時間の睡眠−覚醒パターンが年齢によって変化する様子を模式図として示したものである.新生児は授乳と排泄で2〜3時間おきに覚醒するが,ほとんど一日中を眠ってすごす.一日に何回も眠ることを「多相性睡眠」という.1才ごろには24時間周期の昼夜のリズムと同調できるようになり,睡眠は夜間に集中してくる.それでも昼寝は午前と午後にとるなど,多相性の睡眠傾向は残っている.2才以上の幼児では,ノンレム睡眠とレム睡眠の区別が明瞭になり,ノンレム睡眠に続いてレム睡眠が現れる睡眠周期が完成する.小児期前半の3〜4才までは,1回の睡眠周期は40〜60分で小刻みに繰り返される.5〜10才の小児期後期になるとしだいに長くなり,やがて90分周期が完成する.睡眠周期の延長と平行して,昼寝の回数も減少し,4才児では昼寝は午後に1回取るだけになる.10才児では,昼間は学校に通うなどの社会的要因の影響を受けて,昼寝はしなくなる.学齢期以降で昼寝が消えるのは,昼寝が不必要になったからか,それとも昼寝を怠惰な悪徳とする社会通念によって禁忌されているためかは,はっきりした理由は分かっていない.
 午後2時の眠気(post prandial dip)は子どもから成人,老人に至るまで広く認められる現象であり,文化的拘束の可能性が強い.ラテン系諸国では,眠い時は眠ってしまおうという考え方を採用し,シエスタ(siesta)という昼寝の習慣を根づかせた.一方,北半球の高緯度地帯にある「先進諸国」には昼寝をタブーとする考え方が強く,眠い時には元気の出る茶菓を楽しんで,眠気を克服してしまおうという考え方が採用されている.午後2時から3時の休憩がこれにあたる.我が国の「御八つ」も八ツ時(未の刻:現在の午後2時頃)の眠気対策として洗練化されてきた休憩習慣である.最近のサーカセミデイアン・リズム(約12時間周期の生物リズム)の研究が進むにつれて,日中の眠気は生理学的根拠のある現象であることが確かめられ,昼寝を禁忌する通念が改めて見直されるようになってきている.
さて,話を図9にもどすと,成人になると昼寝がなくなるだけでなく,就床時刻が遅くなり,睡眠時間が短くなる.ところが老人では起床時刻が早くなり(睡眠相の前進),午後の昼寝が復活する.これは老人が社会の時間割の拘束が緩むことや,集中したり専念すべき対象がなくなって,退屈な状態におかれていることにも起因しているが,加齢により夜間の睡眠の内容が悪くなったためと考えられている.



図9. ヒトの24時間の睡眠−覚醒パターン

大熊輝雄 1977 「睡眠の臨床」 医学書院

 図10は新生児期から老年期までの1日の総睡眠時間,ノンレム睡眠とレム睡眠の割合(%)を示したものである.出生直後に8時間あったレム睡眠は成長するに伴って減少し,特に2〜3才の幼児期で急激に減少する.10才をすぎる頃からノンレム睡眠,レム睡眠,総睡眠時間は緩やかに減少していく.図の最上部に示された時間が総睡眠時間であり,50才以上では6時間以下になっている.この総睡眠時間は床の中にいる時間(就床時間)から入床後の覚醒時間を全て除いた時間,つまり実際に眠った時間のことである.高齢者は若年成人より2時間程度早く寝床に入り,翌朝はほとんど変わらないか,わずかに早めに起床する.そこで日常的には若年成人より長く眠っているような印象がある.ところが,最上段の数字を見れば,加齢はノンレム睡眠もレム睡眠も確実に減少させているのが分かる.



図10. 総睡眠時間,ノンレム睡眠,レム睡眠の年齢による推移

[Roffwarg, HP., Muzio, JN., Dement, WC. 1966 Ontogenic development of the human sleep-dream cycle. Science 152: 604-19. を一部改変 ]

 図11は若年成人と老年者の典型的な睡眠経過を比較したものである.若年成人に比較して老年者では,(1)就床時刻と起床時刻がおよそ2時間くらい早まる(睡眠相の前進).(2)熟眠できない(段階3+4,SWSの減少).(3)中途覚醒(黒帯)の増加,(4)レム睡眠(青帯)潜時の短縮,(5)睡眠後半でのレム睡眠の持続性の低下が見られている.また,この睡眠経過図には示されていないが,高齢者では,(6)早朝覚醒と(7)再入眠困難もしばしばおこる.寝付いてから3時間足らずで目が覚めてしまい,もう一度,眠ろうと努力するが全く眠れないまま朝を迎えてしまうというものである.



図11. 若年成人と老年者の睡眠経過の比較

三島和夫 1998.老年者の睡眠 井上昌次郎(監)
「眠りのバイオロジー」 メデイカル・サイエンス・インターナショナル P12-14

一般に睡眠は脳が疲れて機能が低下するために起こると考えられがちであるが,そうではない.睡眠は脳が脳自身を休息させるために積極的に創り出す現象である.従って,脳が健全で活力に充ちていないと,よい眠りが創り出せない.高齢者にみられる,熟眠困難,睡眠維持困難,睡眠時間短縮などは,睡眠を発現させ維持,管理する機構の老化現象の現われである.また,生物リズムは加齢により位相前進しやすい.とりわけ体温リズムの位相前進は多くの高齢者に明瞭に認められる.低体温期が比較的早い時刻にやってくるので,睡眠相が若年者より早く始まる.レム睡眠は低体温期に出現しやすく,持続も長い,高齢者のレム睡眠潜時の短縮はこのためである.位相前進した高齢者の体温リズムでは,早朝には上昇期に入るためレム睡眠の持続は不安定になる.つまり,高齢者の睡眠問題は睡眠を維持・管理する機構と,生物リズムを維持・管理する機構の両方に起因する複雑な背景をもっていることが分かる.
 2000年には65才以上の高齢者が占める割合は,全人口の17%に達すると考えられている.この高速高齢化社会では,老人の不眠対策は大きな社会問題となっている.不眠は加齢に不可避のものと決めつけるのは早計である.最近の研究では午後に短い昼寝をとることによって,午後の活動性を高い水準に保ち,睡眠相の位相前進を防ぐ方法や,夜間睡眠の構造をコンパクトで無駄のない効率的なものにするための,日中の生活管理技術などが具体的に検討され始めている.さらに,前章(睡眠科学の基礎)で述べられた,睡眠物質が一刻も早く実用段階に入り,新しい睡眠管理技術体系の中で活用されることも,21世紀に向けた大きな課題である.

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