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8.睡眠中の認知機能
1)刺激の認知と運動反応:睡眠中の被験者に1Hzで3〜6発のフリッカーを与え,閃光の数だけスイッチを押して反応するように求めると,段階1では正しい認知率は90%,正確な反応率は80%以上の成績が得られている.居眠り状態でも,かなり正確な状況把握と応答性が保たれているのが分かる.ところが,すやすやと寝息のたつ段階2では,認知率は40%に下がり,反応率は30%になってしまう.段階3,4の徐波睡眠(SWS)では,認知も反応もほとんど出来なくなってしまう.50dBくらいのクリック(持続が50msecくらいの短い雑音)を用いた実験でも,結果はおよそ同様である.一方,レム睡眠では,段階1と同じ脳波段階であるが,認知率は70%,反応率も50%にとどまり,段階1よりもずっと低い.ところが興味深いことに,認知が正確なのに,反応しないという場合に起こして聞いてみると,「夢を見ていた」とか「夢の中で実験者がボタンを押さないでもよいと言った」など答えたりする.レム睡眠中は存外に外部の刺激を受け止めているようだが,夢の中に取り込まれると,夢と現実が区別できなくなってしまうようである.これを夢の取り込み現象といい,行動に及ぼす影響を混同効果と呼ぶ.いずれもレム睡眠特有の現象である.

2)弁別反応と動機づけ:刺激の弁別も認知の場合と同様に,ノンレム睡眠が進むにつれて,正反応は急激に低下する.2種類の音を聴き分け(弁別)て、一方の音(弁別刺激)だけにボタン押し反応をするように教示して実験すると、図12の左側の図のようになった.覚醒(A)と段階1(T)では90%以上の正反応が見られるが、段階2(U)では30%以下に落ちてしまう.睡眠中はレム睡眠が最も成績が悪く、ほとんど弁別できていない.次に反応すべき音に対して4秒以内に応答しない時は、火災警報の音と足に電撃を与えて目覚めさせるという方法で動機づけを高めると、図12の右側の図のように、レム睡眠での反応率が極端に改善される.刺激のもつ意味によって認知や反応の正確さが大きく変わるところがレム睡眠の特徴である.



図12. 睡眠中の弁別反応と動機づけ

Williams,H.L. 1967 The problem of defining depth of sleep. In SS Kety et al.(eds) Sleep and altered states of consciousness. Boltimore. Williams & Wilkins. Pp.227-287.

3)刺激の意味とK複合:K複合は段階2以降のノンレム睡眠に出現する陰陽2相性(持続1秒程度,振幅200〜300μV)の大徐波である.刺激によって誘発されるK複合の出現率は,物理的な強度ばかりでなく,刺激の有意味度によっても影響を受ける.人の名前を録音しておいて,順再生したものと逆再生したものを被験者に聞かせると,順再生の方がK複合の出現率が高い.順再生と逆再生では,物理的な刺激特性は変わらないが,逆再生では言語としてのまとまりが崩れており,無意味な音列である.意味のない刺激ではK複合は誘発できないが,意味のある刺激では明瞭なK複合が誘発される.このことは,睡眠環境に対する見張り番機構では,かなり高度の情報処理系が機能していることを示している.

4)睡眠中の事象関連電位:K複合は視察で判別できる脳の誘発電位であるが,コンピューターを使って背景脳波を取り除いてみると,認知処理系の活動の様子を見ることが出来る.誘発K複合の有無で分けて脳の処理電位(事象関連電位event related potential: ERP)を比べると,誘発K複合が出現する時は,それに先行してミスマッチ陰性電位(mismatch negativity: MMN; N2a)が出現していることが確かめられている.MMNは刺激の周波数,強度,持続時間,空間部位,音素など刺激の物理的特徴の変化に関連性があり,短期記憶に関連した自動的な前認知的過程を反映した処理電位と考えられている.K複合が出現した試行では,刺激後100〜250 msecの範囲に5〜8μVの陰性電位(MMN)が認められる.これが生起しない時には,K複合は誘発されない.K複合の出現には,これに先行して環境情報の自動処理過程が,前処理として不可欠であることを示している.睡眠中の「見張番機構」がどの程度に自動化しているのか,また意図的な処理はどの時点から始まるのか,その詳細については,現在,さまざまな側面から研究が進められている.
 ミスマッチ陰性電位(MMN)はレム睡眠中にも出現する.また低頻度刺激と高頻度刺激で弁別し,低頻度刺激にのみ反応(odd-ball paradigm)すると,覚醒時のものより著しく低振幅であるがP300成分が出現する.P300成分は意図的な選択的注意の程度を測る指標として活用されている.8-2)で述べたように,レム睡眠では回避動機を高めるように操作すると,反応率が著しく変化する.レム睡眠のミスマッチ陰性電位とP300成分が動機づけの操作でどのように変化するかを調べることにより,このような行動レベルでの飛躍的な変化を合理的に説明することが出来るようになると期待されている.

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