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9.睡眠中の心理的体験
1)入眠時心像:入眠期は幾何学模様や色のついた光線,静物,人の顔や姿全体,動物や見たこともない不思議なものが見えたり,聞こえたりする.味や匂いを感じることもあり,急に体が浮き上がったり,落下するように感じられたりする.瞬時に現れ,すぐに消えてしまうものから,短いが夢体験に近いストーリー性のあるものまで,さまざまである.体験内容の速記録を見る限りは,非日常的で怪奇性に富んでいるように思われるが,感情的な色彩を調べると,ほとんどが中性的なものと判断されており,情動要素を欠いているのが特徴である.落下体験だけは例外で,この体験がおこると,机や寝具にしがみつく行動がみられ,驚きと軽い恐怖の表出が観察できる.これ以外の心像では,例えば急に人の顔が現れたりすれば,充分怪異な体験なはずであるが,特に驚いたり不安に感じることはない.この感情色彩の乏しさは,円滑な入眠の進行に促進的作用しており,印象に乏しいため翌朝に思い出されることもほとんどない.しかし,入眠時心像に注意を向けていると,自分一人でも鮮やかな心像を体験することが出来るが,誰かに時々,起こしてもらうと,30〜50%くらいの確率で心像体験が得られる.入眠期ではゆっくりとした眼球運動(セム)がおこる.角膜は少し出っ張った形をしているので,閉じたまぶたを下から押し上げるようにして動くのが分かる.セムを目安にして起こしてみると,より効率的な観察が可能である.
  なぜ入眠時に心像体験が起こるのかは分かっていない.脳は覚醒水準が下がっても,完全に休止状態に入るわけではなく,見張番機構は環境情報ばかりでなく体の位置や内部感覚などの情報を処理している.たとえば同じ姿勢をとりつづけると圧迫部に痺れがおこる.この情報が脳に伝えられると脳波にK複合が現れ,続いて寝返りがおこる.こうした感覚情報処理と行動制御は,睡眠中は半ば自動的に行われているが,覚醒時に比べると入力情報は極端に少ない.脳の情報処理系は,常に何らかの処理を実行し続ける性質があり,入力情報が不足すると,自分の手持ち情報を記憶貯蔵庫から取り出して不足分を補い,情報量を最適水準に維持しようとする.このようにして発生したものが入眠期や睡眠中の心像であろうと考えられている.この考え方は,退屈環境に孤立すると孤立性幻覚が発生するのを説明するのに用いられ,最適水準理論としてしばしば援用されている.

1) ノンレム睡眠とレム睡眠の夢
 表1はレム睡眠とノンレム睡眠のそれぞれで起こして、覚醒直前に夢を見ていたかどうかを質問する方法で夢の再生率を調べた研究結果を、表にまとめたものである。[註3,4]
 レム睡眠の再生率に比べてノンレム睡眠の再生率が著しく低いことから、当初は夢はレム睡眠に限って体験されるもので、ノンレム睡眠での報告はレム睡眠で体験した夢の記憶断片にすぎないと考えられていた。ところが、第1回目のレム睡眠がまだ現れていない時期に起こしても、夢の報告が得られるので、ノンレム睡眠でも夢を見ることが確認された。
 レム睡眠の夢は鮮やかな感覚心像を持っており、構成度の高い内容で、いわゆる「夢らしい夢」が多い。これに対し、ノンレム睡眠の夢は明晰性に欠け、断片的で構成度も低い。ノンレム睡眠では夢を見ていないと言い切ってしまえば、これは誤りである。しかし、我々が普通に夢と呼んでいるものは、レム睡眠の夢と考えて良いであろう。実験的にも、夢を見たらボタンを押して実験者に合図してもらうようにして調べると、ボタン押し反応はレム睡眠中に集中し、睡眠後半のレム睡眠ではボタン押し反応が頻発するのが確かめられている。


表−1.レム睡眠とノンレム睡眠の夢の再生率

研究者
被験者数
覚醒回数
再生率(%)
レム睡眠
ノンレム睡眠
Dement
10
70
88
0
Rechtschaffen et al.
17
282
86
23
Orlinsky
25
908
86
42
Wolpert
8
88
85
24
Wolpert & Trosman
10
91
85
0
大 熊
19
200
84
22
Foulkes
8
244
82
54
藤 沢
10
80
50
Dement & Kleitman
10
351
79
7
Klemente
9
57
75
12
Aserinsky & Kleitman
10
50
74
7
Snyder & Hobson
10
320
72
13
Goodenough et al.
16
190
69
34
Snyder
16
237
62
13
Jouvet et al.
4
50
60
3


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