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5.睡眠の進化と多様性
睡眠の進化 睡眠は脳が脳のためにおこなう休息と活動のリズム機能だから,脳の発達とともに睡眠の様式も発達する。無脊椎動物の行動睡眠は,睡眠とは呼べないほど概日リズムの性質の強いものである。たとえば昆虫の不活動状態は,高等な脊椎動物つまり大きく発達した脳をもつ温血動物の睡眠とは質的にかなり異なる状態であるが,しばしば眠りあるいは休眠ということばで表現される。
 現代科学としての睡眠研究はほとんどが脊椎動物を対象にしておこなわれ,しかも大半が実験用に飼育されている哺乳動物でおこなわれてきた。だから,昆虫ばかりか無脊椎動物全般さらには非哺乳類の脊椎動物全般の睡眠については,正確な情報が欠けている。構造的にも機能的にも脊椎動物とは異なる中枢神経系をそなえた無脊椎動物の「睡眠現象」が,どこまで哺乳類の睡眠とかかわりをもっているのかという問題も解明されていない。
 脊椎動物は大脳つまり終脳を新しい中枢として発足させたから,終脳睡眠を指向する管理技術が開発されることになった(表1)。外温性脊椎動物である魚類や両生類の示す原始睡眠,これを一歩進めた爬虫類の中間睡眠,内温性脊椎動物である鳥類と哺乳類の真睡眠がそれである。
 さらに,鳥類と哺乳類は真睡眠を脳波睡眠として判別できるレム睡眠ノンレム睡眠へと分化させた。この過程には,外温性(変温性)から内温性(恒温性)への移行にさいして,概日リズムの拘束を離れ,時刻に依存しないで脳のホメオスタシスを確立することが必要となったからと考えられる。内温性への移行は,外部環境のみならず内部環境(体内環境)の諸条件への適応も要求されるからである。
 レム睡眠はもともと古い型の眠りであると考えられる。つまり,魚類や両生類などの原始的な眠り,さらには,絶滅した恐竜たちや現存する爬虫類のやや進化した眠りと共通する性質をもっている。レム睡眠は,大脳皮質があまり発達していなかった外温性動物(変温動物)が,身体を休ませることを主目的に開発した休息法を基本としている。そのさい,身体を不動化させることが,最も重要な機能だった。言い換えれば,骨格筋の緊張を解いて,身体を麻痺状態におくのである。こうすれば意識水準の低下した状態で,勝手に動いて危険を招くこともない。また,変温動物では,活動しないと体温は自然に下がるから,エネルギーの節約にもなったはずである。
 しかし,鳥類や哺乳類のような内温性動物(恒温動物)になって,大脳が大きく発達すると,事情は一変した。骨格筋の緊張を解いて身体を不動化させるだけでは,体温を下げてエネルギー節約をはかることも,発達した大脳機能を低下させることもできない。だから,レム睡眠はそのままでは欠陥技術となってしまったのである。こうして,新たに開発された新技術がノンレム睡眠であろう。そのさい,レム睡眠は捨てられることなく,新しい付加価値とともに生き残った。レム睡眠の最も重要な役割は,意識水準や体温を下げてしまうノンレム睡眠と,その逆の性質をもつ覚醒との間にうまく橋渡しをすることである。それぞれの役割をひとくちで言えば,ノンレム睡眠は大脳を休ませ回復させる眠り,レム睡眠は大脳をノンレム睡眠の状態から目覚めさせる眠りである。これら2種類の睡眠は脳が脳自身を休ませるために開発した高度の生存戦略として出現したのである。
睡眠の多様性 睡眠は適応のための技術であり生体防御のための技術である。さまざまな身体内部および外部の環境条件に合わせて,脳をうまく休息させ,よりよく活動させるための柔軟な生存戦略である。だから,どんな動物も睡眠を放棄したり克服することはできなかった。現存する高等動物はみな眠るのである。睡眠は脳の進化とともにその役割を拡張してきた。しかし,眠ることは筋肉を緩ませる,意識レベルを下げる,栄養補給を断つなどの危険を伴う〃命がけ〃の行為である。それだけに,睡眠中の安全が確保できる条件をととのえないと,眠るわけにいかない。優先してなすべきことがほかにあるなら,睡眠は順位をそちらに譲らなければならない。


表2 日内睡眠量と睡眠単位の長さ
[Campbell SS, Tobler I. Animal sleep: a review of sleep duration across phylogeny. Neurosci Biobehav Rev 8: 269-300, 1984 より抜粋]

1日の睡眠量(時間)
睡眠単位(分)
テンチ(コイ科の淡水魚)
14.4
15-20
ヒキガエル
14.6
25 ± 15
カイマン
3.0
16
ハヤブサ
4 - 5
3-40
コウテイペンギン
10.7
4.7-5.0
デンショバト
10.6
7.0
カモノハシ
8.6
27
キタオポッサム
19.4
60 - 240
ヨーロッパハリネズミ
10.1
17 ± 3.7
トウヨウモグラ
8.4
60-180
ヨーロッパモグラ
10.5
130-280
ミズトガリネズミ
7.8
12-36
ゴールデンハムスター
14.4
11.4
モンゴルネズミ
11.3
14.5
ラット
13.2 - 13.7
6.5 - 13.1
ワタネズミ
11.3
14.5
チンチラ
12.5
6.5
インダスカワイルカ
7.0
[数秒]
シャチ
1.3
9.6
ベルガクジラ
5.2
7
イヌ(ビーグル)
12.9
45
ホッキョクキツネ
12.5
48.5
キツネ
9.8
78 ± 14
ネコ
13.2
50 - 113
アメリカバク
4.4
<10
キツネザル
9.4
200


 そうなると,安心して睡眠に割り当てられる時間は,かなり限られたものになってしまう。さらに,いつも同じ条件がつづくとは限らない。1日のうちの限られた条件と時間のもとでうまく眠り,うまく目覚めるために,高等動物は進化の過程でさまざまな方式を開発してきた。睡眠に驚くほどのバラエティーがあることはそのあらわれである。だから,睡眠はほんらい多様性に富むものである。
 1日に占める睡眠総量やそのなかのノンレム睡眠とレム睡眠との比率は動物種によって異なる。1回ごとの眠りの長さ,つまり睡眠単位の長さも,種によってさまざまである(表2)。同じ個体であっても,時と場合に対応して,眠りは流動的に変化する。動物たちにはさまざまな生きざまがあるように,さまざまな寝ざまがある。
 草食獣と肉食獣との差異は,栄養となる食べ物の内容や,住んでいる場所や眠る場所の安全性におおいに依存している。草食獣は,栄養分の低い草を大量に食べなければならないし,天敵に襲われやすい草原に住んでいるので,ごく短い眠りをすこししかとることができない。消化の悪い草を吸収するために,反芻つまり食べ戻しをする草食獣もいる。これに対して肉食獣は,栄養分の高い食物をまとめて食べてしまうとほかにすることがなく,天敵に襲われる危険も少なく比較的安全なので,ゆっくり眠れる。
 しかし,多くの草食獣はうとうと状態を活用して,なかば覚醒なかば睡眠という状態で,筋肉の緊張を緩めることなく,睡眠機能を実行している。うとうと状態は食べる,眠るという相反する2つの要求を同時に満足させる技術である。特殊技術としてほかにも,半球睡眠がある。これは,左右の大脳半球を交互に眠らせながら,行動を持続させるというものである。イルカやオットセイなどの海獣類が泳ぎながら,またアホウドリやカモメなどの鳥類が飛びながら実行することが知られている。

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