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7.2種類の異なる睡眠調節法―概日リズムとホメオスタシス
 睡眠調節には2つの基本法則がある。第1の法則とは,睡眠は1日を単位とするリズム現象であり,脳内に存在する生物時計に管理されているというものである。これをサーカディアン(概日)性の調節方式あるいは時刻依存性の調節方式と呼ぶ。第2の法則とは,先行する断眠時間の長さによって,睡眠の質と量とが決定されるというものである。これを時刻非依存性の調節方式あるいホメオスタシス性の調節方式と呼ぶ。
 つまり,睡眠は時刻依存性の概日リズム機構による調節と,時刻非依存性のホメオスタシス機構による調節との二本建てでコントロールされている。2つの法則は協調して相補的であるが,ほんらい生体が進化の過程で別々に獲得したものとみなされ,それぞれ独立に作用を発現することができる。後者のほうがより新しい高度技術であり,より適応性に富んでいる。
睡眠のリズム  第1の法則によって,眠気は時刻とともに変化する。生物時計はほぼ1日周期の活動−休息リズム(概日リズム)信号を出しており,この信号にもとづいて脳は眠気を発生させるから,休息期の時間帯(一般に夜間)のほうが,活動期の時間帯(一般に昼間)よりも眠るのに都合がよい。また,ヒトでは,約半日周期のリズム(サーカセメディアン・リズム)もあるから,正午過ぎの一時期に眠気がすこし高まる(図4)。睡眠はさらに短い周期(長さは動物種で異なり,ヒトでは約90分)の超日リズム現象でもあり,小刻みな睡眠エピソードの繰り返しで構成される。
 注意しなけれなならないのは,ヒトの生物時計の1日は,正確な24時間でなくおよそ25時間であるという事実である。従って,1日が24時間という外界の昼夜リズムとのずれを生じる。このずれを修正するため,外界の昼夜リズムや社会リズムが主時計の役割をして,無意識のうちに生物時計をリセットしている。
 しかし,活動と休息のリズムがたいへん不規則で,外界のリズムが生物時計をリセットしにくくなると,生物時計の生得的なリズムで生活する結果になる。こうなると,24時間周期の昼夜リズムや社会リズムと同調できなくなり,ときには昼間にたえがたい眠気に襲われることにもなる。社会生活との不適合が生じるのである。それゆえ,眠気のコントロールにとって,規則的な生活をすることが大切である。寝不足だからといって不規則に寝起きするよりは,生活のリズムを乱さないことのほうが得策である。寝不足には次項の第2法則が活用できるからである。

図4 ヒトの眠気にみられる3種類のリズム
約1日周期の概日リズム,約半日周期のサーカセメディアン・リズム,約90分周期の超日リズム.横軸は時刻,縦軸は入眠確率.
[P. Lavie. Ultradian rhythm: gates of sleep and wakefulness. Ultradian Rhythms in Physiology and Behavior, Schulz H, Lavie P, eds, Springer-Verlag, Berlin, 148-164, 1985]

睡眠のホメオスタシス 第2の法則によって,睡眠をコントロールする脳(眠らせる脳,後述)は,先行する睡眠不足量をもとに,後続する眠りの質と量を決定している。眠らずにいる時間(断眠時間)と睡眠欲求とのあいだには強い相関関係があって,断眠時間が延長するにつれて,眠気は直線的に増大する。なにはともあれ眠りたくなり,自力で覚醒しつづけることは不可能となる。そして,断眠後の睡眠には,不足量に応じて睡眠が質的にも量的にも大きく変化し,いわゆる「はねかえり現象」が出現する。連続して覚醒していた時間すなわち断眠時間が長いほど,深い眠りが多量に出現する。これは熟睡と呼べる状態の眠りで,寝入りばなの数時間のうちに最も優先的に配分され,睡眠不足の埋め合わせに大きな役割を果たしている。
 つまり,断眠で生じた眠りの損失分が一定の方式で埋め合わされることになる。従って,覚醒期間が長いほど,深い眠りが多量にまとめて出現する(図5)。この事実は,生体に一定内容の睡眠が必須のものとしてプログラムされていることを示している。そして,睡眠の不足量が負のフィードバックによって補償される機構が,生体に組み込まれていることがわかる。このさい,後に述べる睡眠物質が重要な役割を演じていると考えられる(図6)。
 こうして,睡眠不足が当夜の眠りに反映されて深い眠りがいつもより多く出現し,不足分を質で補うのである。それゆえ,わざわざ意識的に長く寝なくても,うまく帳尻合わせができてしまう。眠らせる脳は,私たちの意識下のレベルで睡眠の質と量を自動的にコントロールしているわけである。しかし,この法則はあくまでも寝る直前までの〃過去〃の情報にもとづいて発動されるものだから,〃未来〃の事情をあらかじめ考えて余分な眠りを先取りしておこうとしても無効である。寝だめはできないのである。
 さらに,この法則から寝過ぎの害という現象が出てくる。熟睡は事前の必要量から割り出され,その量は寝入りばなの3時間ほどのあいだに優先的に実現する。必要量が満たされると,もうそれ以上はほとんど出現せず,あとは浅い眠りばかりになる。たくさん眠れば,その分だけ質の悪い浅い眠りばかりになるから,起きたときの気分は悪く身体はぐったりして,かえって疲れてしまう。多すぎる眠りはむしろ害があるわけである。

図5 先行する覚醒量と後続する深いノンレム睡眠の量との関係
[J. Horne: Why We Sleep. Oxford University Press, Oxford, 1988 を改変]
図6 深いノンレム睡眠を発生させるメカニズム
[井上昌次郎:睡眠の不思議,講談社,1988]

  こんなふうに,第1の法則には体外環境の安定した未来を当て込んで,前向きにプログラムが設定されている。また,第2の法則には体内環境の変動した過去を振り返り,後向きに補償できるようになっている。この2つの法則はたがいに協調しており,相補的な関係にあるが,ほんらい生体が進化の過程で別々に獲得したものとみなされ,それぞれ独立に作用を発現することができる。そして,後者のほうがより新しい高度の技術であり,より適応性に富んでいると考えられる。


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