睡眠について

睡眠の定義:内村直尚

 睡眠は誰もが体験し、わかりきった現象のように思われるが、定義するとなるとなかなか難しい。哺乳類に限定して定義すると睡眠は、人間や動物の内部的な必要から発生する意識水準の一時的な低下現象であり、必ず覚醒可能な状態である。このように定義すると、催眠や薬物による睡眠とよく似た意識の低下現象は、内部的な必要から発生したものではないので、睡眠とは別のものである。また、必ず覚醒可能なことという条件から、麻酔や昏睡は除外される。さらに冬眠、夏眠、休眠といった特殊な不活動状態も、覚醒が著しく困難であることから、正常な眠りとは別のものである。

 哺乳類における睡眠は比較的明白な状態であり、脳波(electroencephalograms: EEG)と筋電図(electromyograms: EMG)によって覚醒と明確に区別される。脳波と筋電図のパターンがその判断基準となるが、これはすべての動物に適用できるわけではない。そこで、動物種をまたいで睡眠を定義できるような基準が提案されてきた。具体的には、活動性の消失、特徴的な姿勢の維持、外部刺激に対する反応閾値の上昇、急速な可逆性、特定の環境下に対する志向、断眠による恒常性リバウンドなどである。これらの定義に基づけば、睡眠はショウジョウバエや線虫、ゼブラフィッシュといったあらゆる動物種においても観察される。特に哺乳類では、これらの基準は「睡眠」と他の「安静状態」の区別にも役立つ。例えば、冬眠は危険時における可逆性が急速でないという点で睡眠とは区別される。

 睡眠はすべての動物種でみられるが、睡眠の長さは様々である。一般的にコウモリやネズミなど運動量が多く、体重あたりの消費カロリー数が大きい動物種ほど、睡眠時間が長い傾向にある。すなわち、睡眠は覚醒中に蓄積した疲労を回復すると同時に、エネルギーを節約するための最も効率のよい休養のあり方であるといえる。人間も成長とともに体重当たりの消費カロリーが減少するため、睡眠時間や深い睡眠が年齢とともに減るのは理に適ったことである。

 我々人間は人生の約1/3を睡眠に費やす。睡眠は摂食と同様、生命活動にとって必要不可欠である。十分な睡眠がとれないと、翌日の日中にしばしば眠気に襲われるといったことは、誰しも一度は経験したことがあるだろう。しかしながら、摂食とは異なり、睡眠の本質的な機能はよく分かっていない。実験動物を用いた断眠実験に関する報告によれば、入眠のたびに物理的刺激により睡眠を妨害され続けたラットは、やがて体重を大きく減少し、皮膚に損傷が生じるといった症状を呈し、数週間以内に死に至ったという。これらの症状の直接的な原因はいまだ分かっていない。

 近年では、記憶の定着や脳内代謝物の除去、樹状突起のスパイン形成、脳機能発達にも睡眠が関与していることを示唆する研究結果が報告されている。しかし、動物種をまたいだ睡眠の普遍的な機能を結論づけるためには、さらなる研究が必要である。