睡眠について

睡眠の性差:駒田陽子

 睡眠・生体リズムには性差がある。本項では、まず睡眠と生体リズムの性差について説明したあと、女性の睡眠の特徴を紹介する。女性は人生の中で月経の始まりと終了があり、妊娠、出産、育児とダイナミックな生物学的、社会的変化を体験する。このような豊かな変化の中で、睡眠にも女性ならではの特徴があり、困りごとも多いためである。

1. 生体リズムの性差

 日常生活で「朝型」、「夜型」または「ひばりタイプ」、「ふくろうタイプ」といった言葉を用いることがあり、自分がどちらのタイプに近いかを意識している人も多い。朝型の人は早寝早起きで、午前中から元気いっぱいに動き回るのに対して、夜型の人は朝目覚めづらく午前中はなかなかエンジンがかからないが、夜は遅くまで元気に活動できる。朝型夜型のことを、クロノタイプと呼ぶ。クロノタイプは遺伝的な要素が大きく影響するので、自分の意志でクロノタイプを変えることは難しい。夜型タイプの人が無理に朝活をしたり、反対に朝型タイプの人が夜ふかし生活を続けると、体調が悪くなる。このようにクロノタイプには個人差があるが、年代による違いや男女差があることも明らかになっている。

 子どもは朝型の傾向が強く、小学生の頃は早寝早起きが容易にできる。思春期頃から夜型傾向が強くなり、10代中頃から20代の始めは夜遅くまで起きていられ、朝はなかなか目覚めないようなリズムになる。男性は女性に比べて夜型のピークが2年ほど遅く(女性では19歳頃、男性では21歳頃にもっとも夜型になる)、かつ夜型傾向がより強い。夜型のピークを迎えた後は、男女ともに朝型方向へ向かい、加齢とともに男女差が次第に小さくなる。更年期を迎える50歳頃に男女のクロノタイプが入れ替わり、男性の方が朝型傾向になる。

2. 睡眠構造や睡眠感の性差

 睡眠の性差は早い年齢からあると報告されており、乳幼児、幼少期から認められるが、顕著になるのは思春期、青年期以降である。乳幼児期では、女児の方が男児に比べて睡眠時間が長く、体動のある睡眠の比率が少ないことや、夜間にまとめて眠るようになる時期が早い。幼児期においても、女児の方が男児よりも長く眠り、体動の少ない安定した睡眠が多い。

 青年期には深い眠り(徐波睡眠のデルタ帯域パワ)が急激に低下するが、この変化は女子の方が男子に比べて早い年齢で起こる。その後の成人期における徐波睡眠のデルタ帯域パワの減少は男性で大きく、女性では加齢にともなう影響を比較的受けにくいと報告されている。成人期以降の睡眠の性差は、主観的報告では、女性は男性に比べて睡眠の質が低く、より長い睡眠を必要とし、不眠症を訴える割合が高いとされる。しかしながら、ポリグラフィあるいはアクチグラフィによる客観的測定ではこうした傾向は明らかではなく、むしろ女性の方が入眠潜時は短く、睡眠効率は高く、深い睡眠が多いことが示されている。

3. 月経周期と睡眠

 月経周期に関連した睡眠変化は、多くの女性が経験する。女性の月経周期はおよそ28日間で、月経から排卵までの卵胞期と、排卵から月経までの黄体期にわけられる。黄体期には夜間に深部体温が十分低下せず、朝の体温上昇も緩やかになるため、睡眠が深くなりにくく、起床時刻も遅くなりやすい。夜間の睡眠が浅くなるとともに、日中の眠気が強くなる。

4. 妊娠・育児と睡眠

 妊娠期には、ホルモン分泌の変化、つわりや胎動、頻尿、背部痛の影響、出産や育児に対する期待や不安等、さまざまな要因から睡眠が阻害されやすい。日本人妊産婦を対象とした調査では、妊娠週数の経過とともに睡眠困難が多く発生し、睡眠時間を確保できず、全般的な睡眠感が悪化することが報告されている。

 産後うつは、10~20%の女性が経験すると報告されている。特に著しい睡眠不足や夜間の中途覚醒が多い人は、産後うつのリスクが高くなる。生まれたばかりの赤ちゃんは数時間おきに寝たり起きたりを繰り返すため、授乳と夜泣きへの対応で、養育者の睡眠も細切れになりやすい。養育者にとって、睡眠を確保することは心身の健康を守るために重要である。以前と比べると、母親だけでなく父親が赤ちゃんのお世話に関わる時間はかなり増加しており、こうした関与は母親の健康を守るだけでなく、赤ちゃんにも有益である。

5. 更年期と睡眠

 閉経前に比べ、閉経移行期から閉経後にかけて、不眠症(入眠困難、中途覚醒、早朝覚醒)や閉塞性睡眠時無呼吸などへの罹患リスクが増大する。これには女性ホルモンの減少が関連すると考えられているが、明確な機序は十分に解明されていない。また、更年期に多い症状である「ホットフラッシュ」などの血管運動神経症状が重いと、深い睡眠が妨げられやすく、睡眠が分断されやすい。男性においても、更年期に男性ホルモンであるアンドロゲンの分泌が減少する。アンドロゲンの減少により睡眠が障害される証拠は十分に得られていないが、更年期以降の男性では不眠症をはじめとした睡眠障害が増加する。