睡眠について

睡眠不足と眠気:甲斐田幸佐

1. 睡眠不足とは

 睡眠不足は、私たちの心身の能力発揮を妨げることが知られている。たとえば、睡眠不足になると、他人の感情を推測する能力が落ちるため、他者との交流に支障が生じやすくなる。また、認知機能が落ちるため、自動車の運転中に信号やブレーキランプを見落とす確率が高くなり、交通事故につながる危険性が増す。さらに、睡眠不足の状態で勉強したことは記憶に残りにくくなるため、勉強の効率が落ちる。睡眠不足になると、心的現象が生じる場である脳の状態が変化し、それゆえ心身の能力を十分に発揮することができなくなる。

2. 急性と慢性の睡眠不足

 睡眠不足は、連続覚醒(いわゆる徹夜)によって生じる「急性の睡眠不足」と、短い夜間睡眠を日常的に繰り返すことで蓄積する「慢性の睡眠不足」に分けて考えられる。どちらの場合でも、睡眠不足の影響は、眠気や疲労として感じられるとともに、脳の状態や認知機能に反映される。ただし、慢性の睡眠不足の場合には、急性の睡眠不足と比べて、眠気や疲労を自覚しにくくなる傾向がある。睡眠不足で認知能力が落ちているにも関わらず、その自覚を持ちにくくなるということは、自身の認知能力を実際よりも過大に評価していることになる。そのため、慢性の睡眠不足状態では、急性の睡眠不足状態よりも、作業過誤(ヒューマンエラー)の危険性が高まると考えられている。また、慢性の睡眠不足になると、脳に可塑的な変化(持続的な変化)が生じ、睡眠の回復効果が得られにくくなる。慢性の睡眠不足が長引くと、眠っても疲れが取れにくい状態になる。心身ともに充実した生活を送るには、日頃から睡眠を充足させて、慢性の睡眠不足にならないようにすることが大切である。なお、どうしても睡眠時間を削る必要が生じた場合には、事前に数日間の十分な睡眠量を確保しておけば、急性の睡眠不足の影響を緩和することができると考えられている。

3. 眠気の計測

 眠気は、ヒトの主観的な感覚のことであり、「眠気尺度」によって計測できる。たとえば、図1の尺度は「カロリンスカ眠気尺度」と呼ばれ、眠気の研究でよく使われるものである。カロリンスカ眠気尺度では、1-5が覚醒状態を、5-9が眠気状態を表すようになっている。簡単な尺度だが、脳波成分や認知課題の成績とよく相関することが知られている(Kaida et al., 2006; 山形他, 2022)。眠気の研究でよく使われるのは、とびとびの数字に評定語がついた版(図1、左; Kaida et al., 2006)だが、欧州における眠気検出装置の開発には、すべての数字に評定語がついた版(図1、右; 山形他, 2022)を使うように指定されている。ただし、どちらの版を用いても、計測結果にはほとんど違いはない。

図1 カロリンスカ眠気尺度
図1 カロリンスカ眠気尺度
4. 眠気と戦っている時の状態

 睡眠不足のヒトが単調な環境に置かれると、強烈な眠気に襲われる。ヒト以外の動物であれば、眠気を感知したら眠るだけだが、ヒトの場合には、自動車の運転中や会議中など、眠気を感じても眠ってはいけない社会状況がありうる。このような場合、ヒトは襲ってくる眠気に意識的に抵抗する(眠気と戦う)ことができる。眠気と戦っている時のヒトの脳波を観察すると、覚醒の中に数秒間の睡眠が混入することがある。これを「瞬眠(マイクロスリープ)」と呼ぶ。瞬眠が生じる状況では、心拍数の変動が大きくなり、瞼(まぶた)は下がってくる。また、注意を一つの課題に集中させることが難しくなり、認知課題の成績にばらつきが生じやすくなる。合理的な判断をすることが難しくなり、感情的になる。眠気と戦う必要があるほど眠たい状況に陥ったら、いったん作業をやめて、仮眠をとることが望ましい。

5. 眠気と認知機能のずれ

 眠気は、環境中の刺激の影響を受ける。たとえば、眠気は「自分の名前を聞く」、「冷水で洗顔する」、「高照度光を浴びる」、「ミント味のガムを噛む」などの刺激によって覚ますことができる。しかし、刺激によって眠気が覚めたように感じても、認知機能が同じように回復するわけではない。睡眠不足による認知機能の低下は、基本的には、睡眠をとることによってしか回復しないためである。刺激によって眠気が覚めたように感じる一方で認知機能は低下したままの状態になると、作業過誤の危険性はかえって高まる。眠気を感じたら、刺激の効果を過信せず、早めに睡眠(仮眠)をとるようにするとよい。弱い眠気に対処するのであれば短時間の仮眠(付加的仮眠、15-20分程度)で効果がある。しかし、夜間の睡眠不足による強い眠気に対処するには短時間の仮眠では不十分なことが多く、長時間の仮眠(補償的仮眠、90分程度)が必要になる。長時間の仮眠から目覚めた直後には、一時的な認知機能の低下(睡眠慣性)が強く生じることがあるので注意が必要である。

参考文献

  • (1) Kaida et al. (2006) Validation of the Karolinska Sleepiness Scale against performance and EEG variables. Clinical Neurophysiology, 117 (7), 1574-1581.
  • (2) 山形曜, 川田静香, 内田仁, 甲斐田幸佐, 清水俊喜 (2022) 欧州法規に対応したドライバ眠気評価手法の検証. 自動車技術会学術講演会予稿集, 20226243.