睡眠について

高齢者の睡眠障害:田中秀樹

1. 高齢者の睡眠障害が招くリスク

 脳・心身の健康と密接に関係する睡眠問題の予防や改善は、高齢者自身のみならず、かかわる家族や介護者のウエルビーイングを考える上でも重要である。ここでは、高齢者によく見られる睡眠障害とその対応策などについて紹介する。

 高齢者の睡眠の特徴をひと言で表現すると、浅く効率の悪い眠りということができる。深い眠りが著しく減少し、睡眠の持続時間も減少する。夜間の中途覚醒が増え、睡眠が細切れになる。トイレ後、再入眠できない場合や早朝覚醒も増えてくる。起床時の気分も悪く、意欲も出ないまま1日を過ごすこともある。高齢者の睡眠の障害や不足は免疫や高血圧、肥満、老化にも影響する。意欲低下、抑鬱状態など高齢者の社会的不適応を引き起こす要因ともなっている。一方、睡眠で休養が十分とれている人は、健康感や幸福感が高いことも指摘されている。

2. 高齢者の睡眠の悪化の要因と留意点

 高齢者の睡眠の悪化の要因として、加齢のほかに、光を浴びる量や、運動や食事の規則性、社会的接触など、生体のリズムを整える同調因子が減ることや同調因子を受容する能力の低下、生体時計そのものの機能低下等があげられる。種々のサーカデイアンリズム現象の同調の乱れ(内的脱同調)も原因の一つと考えられている。さらに、日中の適正な覚醒維持機能の低下、特に、夕方以降の居眠りも睡眠を阻害する大きな要因になる。つまり、高齢者の睡眠には、日中の活動のメリハリ、規則正しい生活リズムが大切である。

 また、睡眠と深く関与する深部体温リズムは、55歳以降、顕著に個人差が増大することが指摘されている。つまり、高齢になっても、若年者と深部体温リズムの振幅がさほど変わらない人もいるということである。睡眠悪化は加齢の影響と平均値的に考えず、加齢と共に個人差が大きくなること、その個人差の背景には、ライフスタイルや環境が関与することを認識も重要である。

3. 不眠高齢者は就床時間や昼寝が長くなりがち

 寝つきが悪い方や眠りが浅い高齢者は、就床時間(寝床に入っている時間)の見直しも大切である。必要以上に長い時間、寝床に就いていると、夜中に目覚めやすく、熟眠感も減る。眠りが浅いときは、つい睡眠時間を増やしがちだが、逆に、遅寝・早起きにして睡眠時間を少し短くすると、寝つきもよく、睡眠の質が高まり熟睡感を得られる場合がある。無理に眠ろうとすると、脳と体の緊張を高めるので、「眠くなってから寝床に就く」ことを心がけることも大切である。さらに、眠るためには、1)体温がスムーズに下がること、2)脳や体が興奮していないことが大切と本人が自覚しておくことである。就床前に熱いお風呂や激しい運動をすると体温が上がり、寝つきや熟眠を妨げる。また、悩み事、明るすぎる光環境も脳を興奮させる。頭寒足熱、リラックスの理屈を知っていると、自分で睡眠に望ましい行動や環境がある程度、分かるようになる。さらに、夕方、以降の居眠りは、高齢者の寝つきを悪くしたり、睡眠の維持を妨げる。また、夕方の居眠り防止には、昼食後から15時くらいの間での30分程度の短い昼寝や夕方の散歩や軽い運動が有効である。

4. 高齢者に多い睡眠障害と対処法

 「むずむず脚症候群」就床時にむずむずとほてったような違和感が生じ、寝つけなくなることがある。眠れないために下肢に異常感覚が思い込みがちだが、鉄欠乏性貧血や腎不全、腎機能異常、関節リュウマチがあると起こりやすくなる。対処法としては、カフェイン摂取の制限、禁酒、禁煙、就寝前の入浴とマッサージなどで症状が軽減する場合も多く、就寝前に脚をマッサージして筋肉を緩和させると症状が軽減する。

 「レム睡眠行動障害」夢中遊行や夢の内容と一致して暴力を振るうなどの異常行動がみられる障害である。レム睡眠時に通常みられる筋活動の抑制機能が老化により低下し、夢の中の行動がそのまま身体の動きとして出現してしまう。対処法としては、ベットから落下したり、転倒することも多いため、ケガのないよう寝室環境に気をつけること、また、一緒に寝ている人や周囲の人にも危害が及ばないような工夫やアルコールを避けることが大切。

 「概日リズム睡眠障害」高齢者では、極端な早寝早起きになる睡眠相前進障害や不規則睡眠・覚醒パタンが多くなる。睡眠相前進障害には、夕方の高照度光療法や散歩が有効。不規則型睡眠・覚醒パタンは、睡眠と覚醒の時間帯が不規則になり、睡眠時間が細切れになる睡眠障害。認知症高齢者、脳梗塞患者や長期療養患者に多発する。対処法として、高照度光療法、日光浴などがある。生体リズムの規則性が保たれ、症状が改善する場合がある。

5. 施設高齢者での留意点

 高齢者が施設に入所する理由の多くは、徘徊と錯乱を伴う夜間の頻回の覚醒であり、睡眠改善の知識は重要である。入所の高齢者のためには、1)窓際1M以内の光が入りやすい環境で、2)午前中はなるべく座位で過ごすこと、3)明るい環境での朝食、昼食 4)30分程度の短い昼寝、5)夕方以降から就床前にかけての居眠りを防止に心掛け、日中の覚醒の質を高める工夫が重要である。

 30分以下の昼寝はアルツハイマー型認知症の発病の危険性を5分の1以下に軽減させること、一方、1時間以上の昼寝は、アルツハイマー型認知症の危険性を2倍に増加させることが指摘されている。つまり、習慣的な短時間の昼寝は効果的ですが、長すぎる昼寝は逆効果になる。長く寝てしまいそうな不安がある時は、ソファなどにもたれて眠ることを推奨する。また、昼寝前にお茶やカフェインの入った飲料を飲むのも有効。カフェインは、飲んで15-30分で効くので、昼寝から目覚めやすい。一方、午前10時~12時、午後2時~4時の4時間、4週間程度2、500ルクスの光照射を行うことで、メラトニン分泌が若年者の水準まで上昇し、不眠も改善することが報告されている。このことは、日中に十分な量の光を浴びることで、高齢であってもメラトニン分泌が増加すること、つまり、リズムのメリハリがつくことを示している。睡眠が改善すれば夜間の問題行動も軽減する。夕方の居眠りを防止するための声賭けや午前中に行なっている体操や音楽療法を、30分程度の短い昼寝の後、夕方の時間帯に入れ替えることも効果が期待できる。日中の覚醒確保のためには、ベッドの位置や角度、照明の位置等の環境を工夫することが重要になってくる。

6. 生活リズム健康法を日々の生活に取り入れる

 最後に筆者が、高齢者サロン等の睡眠改善に使用している冊子や生活リズム健康法(以下HP: https://ikuminkaizen.com/sleep/)や冊子を紹介する。生活リズム健康法は、日常生活に取り込み、継続することで睡眠健康増進やうつ、認知症予防に有効な生活習慣を日常の生活の中で実践できるよう簡便な形で表現したものである。毎日必ずすべて行う必要はなく、3つ程度目標を決めてできるものから、週3日程度行っていくことが大切である。まず、一つでも問題習慣が変われば、それが、突破口となり、他の習慣も徐々に変わり、悪循環から少しずつ抜け出すことができる。冊子は全8頁で、図が多く、読みやすく作っているので、ぜひ、一読していただけると幸いである。

参考文献:
健康・医療・福祉のための睡眠検定ハンドブックup to date 、宮崎総一郎、 林光緒、 田中秀樹編 全日本病院出版会 2022年5月