睡眠について

睡眠と夢:宮内哲・寒重之

 ヒトの睡眠中に生じる明瞭な感覚・意識体験が夢である.より具体的に定義すれば,「ヒトが睡眠中に受容する,感覚・イメージ・感情そして思考の連続体であり,以下の6つの要素を有する.(1)幻覚様のイメージ,(2)物語風の構造,(3)断続的で奇異な認知,(4)強い情動性,(5)体験していることを現実のように受け入れる,(6)忘れやすい」[1]

 夢に関する記述は古代から数多く見られるが,研究の対象となったのはフロイトの「夢判断(1900)」からだろう.夢を睡眠時に生じる現象の記述から覚醒時を含む総合的な精神体系の中に位置づけたことは精神分析の功績であり,この点については今後も検討の価値が残されているものの,結果的に逸話的な報告と恣意的な解釈にとどまった.現在でも臨床心理学では精神分析による夢解釈が用いられているが,以下の理由から,現時点では科学とは切り離して考えるべきである.(1)報告される夢の大半は覚醒直前に見ていた夢であり,一晩の睡眠の間に見た多くの夢のごく一部であること,(2)夢解釈の根底をなす無意識・抑圧と言う現象・過程に関して,現在の脳科学ではメカニズムはおろか,実体すら定かではないこと,(3)夢解釈の妥当性及び再現性を確認する方法が確立されていないこと.

 夢が科学的研究の対象となったのは,1950年代にAserinskyとKleitmanによりレム睡眠(Rapid Eye Movement sleep: REM sleep)が発見され [2],レム睡眠中に被験者を起こすと高い確率で夢見の言語報告が得られることがわかってからである[3].その後,さまざまな手法を用いて夢に関する心理学的・生理学的研究が進み,近年は機能的磁気共鳴画像(functional Magnetic Resonance Imaging: fMRI)を用いた研究も行われている.しかし,どのようにして夢という現象が生じるのか,なぜわれわれは夢を見るのかなど,現在でも多くの疑問が残されている.

1. 夢はレム睡眠に特異的か?

 レム睡眠から覚醒させた場合の夢見の報告率が80%以上であるのに対して,ノンレム睡眠から覚醒させた場合は10%以下であることから[3, 4],夢はレム睡眠に特異的な現象とみなされてきた。しかし,ノンレム睡眠でも60%程度の報告が得られると言う報告もあり[5],夢はレム睡眠に特異的な現象ではないと考える研究者もいる.ただしレム睡眠中の夢とノンレム睡眠中の夢には質的に顕著な差が認められる.レム睡眠中に起こした被験者からの夢の報告はノンレム睡眠のものに比べて,内容が長く,鮮明で活発であり,情動的な要素を伴うことが多い.一方,ノンレム睡眠中の夢の報告は,思考的で現実的内容が含まれることが多い[1].すなわちレム睡眠とノンレム睡眠から覚醒させた場合の夢見の報告率の相違は,夢の定義の違いによると考えられる.われわれが一般に「夢を見た」と言う場合の夢は,主にレム睡眠時の夢である.

2. 夢の役割・生物学的意義と意識の研究手段としての夢の研究

 夢を見ることに何らかの生物学的意義があるのか?その見解は分かれている.HobsonとMcCarlyの活性化合成仮説[6]では,夢はレム睡眠中に生じるランダムな脳活動の副産物であり,明らかな生物学的意義はないとしている.一方Jouvetは,「夢は行動プログラムの作成と模擬演習のために生じる」という仮説を提案した[7].この説では,遺伝情報を基にした生存に必要な行動プログラムの作成と,生成された行動プログラムの脳内でのシミュレーションがレム睡眠中におこなわれることで夢が起こるとしている.また,Winsonは「夢は記憶の再生と再処理過程で生じる」という仮説を提案している[8].これは,日中に蓄えた記憶の中で重要なものがレム睡眠中に再生・編集され,長期的な記憶として固定されるというものである.この説は,睡眠前の覚醒時の学習・経験が睡眠時にリプレイされることにより長期記憶として定着すると言うmemory consolidationとも一致するが,実際に夢内容とレム睡眠中の神経活動のリプレイが対応していることを示した実証的なデータは少ない.

 一方,Winsonの説とは逆に,「夢は不要な記憶を消去するために見る」という説がある.DNAの二重らせん構造の発見でノーベル賞を受賞したCrickらが提唱したもので,レム睡眠中の夢は不要な記憶を消去し神経回路を整理するために生じるとしている[9].記憶の定着・固定に関して,睡眠には過剰なシナプス結合を減少させる働きがあるとする「シナプス恒常性仮説」は,Crickらの説に近い.しかし,シナプス恒常性仮説では,シナプス結合の減少をレム睡眠ではなくノンレム睡眠中の徐波によるものだとしており,またシナプス結合の減少も特定の結合ではなく,一様に結合を減少させるとしており,夢内容との関係は想定されていない.

 活性化合成仮説が主張するように,夢を見る事自体はレム睡眠の付随現象であり,特に意味は無いのかもしれない.しかし,われわれの意識・精神活動は脳の神経細胞の電気的活動に基づくものであるが,覚醒時の行動の多くが意識にはのぼらない脳活動の影響を受けている.「無我夢中」という言葉があるように,レム睡眠中の夢では,後述する明晰夢を除いていわゆる自己意識は無い(夢を見ている時に,これは現実ではなく,自分は夢を見ていると気がつく事は稀である).レム睡眠時の夢見という現象を,覚醒ともノンレム睡眠とも異なる,覚醒に近いが自己意識が無い状態における自発性の精神活動として捉えれば,夢の脳科学的研究は睡眠にとどまらずヒトの意識や自発性の脳活動と精神活動の関連を研究するための重要な研究手段となりうる[10]

3. 夢に関連した諸現象
1)入眠時心像(hypnagogic imagery)あるいは入眠時幻覚(hypnagogic hallucination)

 入眠時心像とは,入眠期に幾何学模様や人物,風景が見えたり,音や声が聞こえたりする現象で,入眠時幻覚ともいう.Horiらは,覚醒から睡眠段階2までの脳波を9段階に細分し,入眠時心像の発生率を検討した.その結果,α波が連続して出現する時期から入眠時心像は出現し,θ波が連続する時期に最も発生率が高くなり,睡眠紡錘波が出現するようになると発生率が減少することを報告している[11].入眠時心像は,視覚的な内容が最も多く,聴覚と体性感覚は少なく,嗅覚と味覚は非常に少ない[12].視覚心像の多くは静止映像であり,レム睡眠時の夢のようなストーリー性のある動的映像は少なく,また情動的な要素もないことが多い[13]

 入眠時心像は浅いノンレム睡眠で出現することから,レム睡眠時の夢とは異なる生理学的活動の反映とする考え方と,レム睡眠時の夢の特徴が減弱した,しかし同一の現象とする考え方がある[14].入眠時心像に関する知見は少ないが,コンピュータゲーム(テトリス)を健常者(テトリスの熟練者と未経験者)と海馬の損傷による健忘症患者に数日間集中的に行わせ,ゲーム後の睡眠時の入眠時幻覚を聴取したところ,テトリス未経験者ではテトリスの入眠時幻覚が出現した被験者ほど成績が向上した.また健忘症患者では前日にテトリスを行ったことを覚えていないにもかかわらずテトリスの入眠時幻覚が出現し,どのようにテトリスのゲームを行うかは覚えていた.これらの結果は,入眠時に出現する幻覚はいわゆる陳述的記憶よりも(declarative memory),手続き記憶(procedural memory)と関連が深いことを示唆している[15]

2)明晰夢

 われわれは夢を見ている時に,その夢を現実としてとらえるが,稀に「これは夢である」という自覚が生じることがある.これを明晰夢(lucid dreaming)という[16].被験者によっては,明晰夢を見ている時に予め指示された運動(指や眼を一定方向に指示された回数だけ動かす)を行う事も可能である.明晰夢は,被験者が現在夢を見ていることを実験者がリアルタイムに知ることができるという意味で新たな夢の実験的研究法として1980年代に注目を浴びた.夢の研究のみならず,意識がどのように生み出されるのかという観点からも興味深い現象ではあるが,誰にでも頻繁に生じる現象ではないことから,研究は下火になった.

 近年になってVossらは,レム睡眠時に被験者の前頭部と側頭部に装着した電極から2~100Hzの閾値下の微弱な電流刺激を30秒間流し(経頭蓋交流電気刺激, transcranial alternative current stimulation: tACS),その後に覚醒させて夢内容を聴取した.その結果,40及び25Hzの刺激を与えた条件で前頭~側頭領域に刺激周波数に対応したガンマ波が出現するとともに,明晰夢を報告する割合が高くなった[17].tACSの問題点として,陽極と陰極の間で電流が脳内のどの部位を流れるかが不明であり,結果の再現性の問題も含めてさらなる検証が必要ではあるが,明晰夢のみならず,意識の発生メカニズムという観点からも興味深い.

3)レム睡眠時の急速眼球運動と夢の関係(走査仮説)

 レム睡眠の発見直後から,「なぜ眠っている時に眼が動くのか?」ということが問題になった.レム睡眠中に眼球が水平方向に規則正しく出現した直後に被験者を起こしたところ,「卓球の試合の夢を見ていた.卓球台の真ん中に立って,球の行方を目で追っていた」という言語報告が得られた.このような逸話的報告から,「レム睡眠時の眼の動きは,覚醒開眼時に眼を動かすのと同様に夢の中の視覚像を追う(走査する)ために出現する」という説(走査仮説,Scanning hypothesis)が提唱された[3, 4].1960~1970年代には多くの研究者がレム睡眠時の眼球運動パタンと夢内容の間に相関があることを報告し,走査仮説を支持した.しかし,視覚的な夢を見ないと考えられる先天性の盲人や新生児でもレム睡眠時に急速眼球運動が出現することや[18],のHobsonらによる活性化合成仮説が出てからは,レム睡眠時の急速眼球運動はPGO-waveによって駆動されるランダムで意味の無い眼の動きと考えられるようになった.

 しかし,1980年代後半に,覚醒時のサッカードに伴って後頭の視覚野優位に出現し,サッカードに伴う視覚情報処理を反映するラムダ波と同様の電位が,レム睡眠時の急速眼球運動に伴って出現することが報告され[19-21],fMRIを用いて,この活動が第一次視覚野で生じていることが明らかにされた[22].さらにレム睡眠時の筋緊張の低下が生じず,レム睡眠に入ると夢内容に対応する身体の運動が生じるレム睡眠行動障害患者(REM sleep behavior disorder: RBD)を用いて,レム睡眠中の動作と眼球運動の関連を調べた研究で,対象をつかむ,指し示すなど,運動の目標が明確な動作と眼球運動の方向が一致することが報告された[23].これらの知見を考え合わせると,少なくともレム睡眠時の急速眼球運動の一部は,走査仮説が主張するように夢の中での視覚像を追うために出現していると考えられる.

 さらに急速眼球運動に伴って視覚野だけでなく海馬傍回や扁桃体が活動していることもfMRI[22]及びヒトの皮質脳波及び深部脳波によって報告された[24].特に後者は,覚醒開眼時のサッカードに伴って海馬傍回に出現するのと同様の活動がレム睡眠時の急速眼球運動でも出現することを報告している.これらの知見はレム睡眠時の急速眼球運動は,単にPGO-waveによって眼球がランダムに駆動された結果ではなく,レム睡眠時の眼球運動が夢の内容や記憶の処理と密接に関連していることを示唆している.

参考文献

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  • 2. Aserinsky E, Kleitman N. Regularly occurring periods of eye motility, and concomitant phenomena, during sleep. Science 118, 273-274, 1953.
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  • 4. Roffwarg HP, Dement WC, Muzio JN et al. C. Dream imagery: Relationship to rapid eye movements of sleep. Arch Gen Psychiatry 7(4), 235-258, 1962.
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  • 10. 寒重之,宮内哲. 脳科学辞典 夢 2016. https://00m.in/ckVrb
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